aynu puri

アイヌ文化について

アイヌ民族は日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族です。日本語と系統の異なる言語である「アイヌ語」をはじめ、自然界すべての物に魂が宿るとされている「宗教観」、祭りや家庭での行事などに踊られる「古式舞踊」、独特の「文様」による刺繍、木彫り等の工芸など、固有の文化を発展させてきました。古い記録から伝統的な踊りを復活させようと取り組む人たちや、新しいアイヌ音楽を創造する人たちも増えています。

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ことば

アイヌ語は北海道、樺太、千島列島などのことばで、日本語とは別の言語です。「~が」「~を」「~する」の順に単語を並べるなど日本語と似ている部分もありますが、文法的には異なる部分が多くあります。かつては口頭でのみ使われてきましたが、現在は、従来のカタカナにはない文字(ト゚、ㇰ、ㇷ゚、ㇵなど)も使いながら工夫して表記されています。明治以降の近代化の過程によって失われていき、2009(平成21)年、ユネスコによって消滅の危機にある言語と位置づけられました。

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世界

人間の周りに存在するさまざまな生き物や事象のうち人間にとって重要な働きをするもの、強い影響があるものをカムイと呼びます。カムイはあらゆるところに存在していて、いつも自分たちを見守っていると考えます。例えば、動植物や火、水、風、山や川などもカムイであり、カムイは肉や毛皮などを土産として人間の世界にやってきます。イオマンテは、カムイのラマッ(霊魂)をもてなして、再びカムイの世界に送り帰す儀礼です。

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くらし

アイヌ民族は、動物の毛皮、魚の皮、鳥の羽がついた皮、そして木や草の繊維など、身近にある材料のほか、交易によって手に入れた絹や木綿など、いろいろな布を使って衣服をつくりました。食事の場には、サケやシカ、アザラシの肉、季節の植物といった、自然のサイクルに寄り添った食材がならびます。チセ(家屋)では、男性は道具をつくったり、狩猟具の手入れをし、女性は衣服やござなどをつくり、食事の支度をしました。

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歴史

アイヌ民族の歴史は、アイヌ自身が語り継ぎ残してきた歴史と、周辺の民族が書き残した足跡から描かれます。それらは、旧石器時代から現代までの時間軸、及び周辺の人々との交流を含めた空間の広がりの中で理解されるべきものです。その際、通説的な9~13世紀における「アイヌ文化の成立」という理解ではなく、通史的な継続にもとづく年代観をもつことが重要です。

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しごと

アイヌ民族は伝統的なくらしの中で、山ではクマ、シカなどの動物をとりました。春にはギョウジャニンニクなどの山菜、夏にはオオウバユリ、秋にはヤマブドウなどを採集するほか、地域によっては畑で穀物や野菜をつくりました。海ではアザラシやメカジキなどのほか、コンブもとりました。毎年秋に川をのぼるサケは、重要な食料の一つです。現代のアイヌ民族は、昔のままの生活を送っているわけではありません。以前にはなかったさまざまな「しごと」を行い、時代に合わせて多様な生活を営んでいます。

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交流

アイヌ民族が暮らしてきた北海道、樺太、千島列島の周辺には多くの民族がおり、活発な交流が行われてきました。南には和人、北にはニヴフや、ツングース系の先住民族であるウイルタやウリチ、東のカムチャツカ半島にはイテリメン、アリューシャン列島にはアレウトが住んでいました。アイヌ民族の文化は、隣接する北東アジアなどの周辺の民族との交流や、世界各地の先住民族との交流を通じて、現代に継承されています。

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